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日々平穏

二次小説とか日記を気まぐれに書いてみるつもりです。

闇の旅路 15

 不意をつかれながらも、相手に引鉄を引く時間すら与えずに場を制したアキトの一閃。
 それは、不意に背後から聞こえてきた物音に対し、条件反射もかくやというタイミングで放たれた抜き打ち。だが、あと僅かというタイミングで相手の手にした獲物に阻まれた。



 アキトの手にした刀と、それを遮るCZE Vz.61――スコーピオン――と名付けられた短機関銃との間から、金属同士が擦れ合う耳障りな音が断続的に両者へと届く。
 互いが互いを害しようとする思惑が絡み合う中、両者の態度は対照的といえた。
 短機関銃を持つ男が歯を食い縛りながら拮抗状態をギリギリの所で保っているのに対し、アキトは凪いだ表情のまま全くといっていい程に何も感じさせない。
 見た目通り、アキトにとって目の前のターゲットは歯牙にもかけない存在ではあったが、だからといってこの現状に何も感じていない訳ではなかった。本音を言えば、不甲斐無い現状を反省しきりなのだが、そんな事を表情に出して相手に精神的余裕を与えるような事は決してしない。
 そもそも、火星の後継者を追っていた数ヶ月前であれば、こんな初歩的なミスなど考えられなかった。少々、現場から離れすぎた影響から自身の精神が弛んでいる事に反省しながら、アキトは何故このような事態に陥ったか反芻してみる。
 実際の所、そんな事をしなくとも原因は明白なのだが。
 アキトからしてみれば、殊更に願い下げたいばかりの、こんな状況になってしまったのは本当に些細なミスが原因だった。


 
 遺跡の探索協力との引き換えに交わされた契約に従い、アキトが請け負った何度目かの仕事は、とある施設の破壊。言葉にしてみれば簡単そうに聞こえるが、事実は異なる。この案件で指示されていたのは、単純に施設内部を稼動不能にする程度ではなく、施設、人員、その他諸々全てを完全な無に還すという大掛かりなものだったからだ。
 先日、ユーチャリスに保管されていた武装の補充を彼が必要としたのはこの為といえる。
 そして現在。
 依頼された案件を処理すべく、アキトは偽装を施された製薬工場へとタカミチを伴い潜入を試みていた。
 工場の所在は欧州の片田舎ではあったが、敷地及び設備はそれなりの規模を誇る。そしてその周辺には、表向きに扱うモノの体面を考えてか、畑の他には農耕具を保管する納屋のような建物しか見当たらない。
 もしこれが日中であったなら、まず間違いなく秘密裏に侵入など地下道でも存在しない限り出来るはずがない場所だ。だだっ広い平地のど真ん中に、場違いなまでな存在感を誇る建築物の有る様は、そう感じさせるに足るものがあった。
 だが、アキトが決行に選んだ今に限っては事情が異なる。
 何故なら、今は月明かりさえ差し込まない新月の夜だからだ。おあつらえ向きに、雲も分厚く星明りさえも届かない。それに、この辺りは前述した通り民家がない。故に人がいない事もあり、必要とされない街灯などもなく、僅か目と鼻の先でさえも深淵の闇に包まれていた。
 そんな中、黒を基調とする服装に身を包むアキトの姿は、完全にその身を夜の闇へと溶け込ませていた。
 普通ならば歩くことさえままならないそんな悪条件の下でも、アキトの歩みは些かの不安も感じさせない。
 さらに言えば、事前に施設とその警備状況に関して徹底的に調べ上げたアキトにとって、工場への侵入はそこへ出入りしている関係者の如く気安い行為も同じだった。
 表向き知られていない防犯設備すら鼻歌混じりに避ける、あるいは解除して突き進んで行く様は、査定と監視を兼ねて同行する歴戦のタカミチ・T・高畑ですら感嘆の声を上げそうになるほど手馴れて見えた。
 そして僅かな時間で施設を警備する人間に欠片も進入を気取られる事なく2人は内部へと進入を果たすと、事前に入手していた施設内部の見取り図を頼りに通路を奥へ奥へと進んで行く。まず目指すは、打ち合わせ当初より決められていた施設全体を管理及び監視するモニタールーム。
 「今更だけど、良かったのかい」
 「何がだ?」
 足元を照らす申し訳程度の光源だけが支配する通路の所々には、侵入者対策で設置されたカメラが至る所に見られた。だが、その数多の監視カメラは2人の姿を捉えているはずなのに、その機能を全く果たしていない。それどころか、周りに漂う静まり返った雰囲気は騒ぎが起こるどころか、二人が存在する事こそが普段と同じいつもの夜と錯覚してしまいそうな程に自然な光景に見える。
 しかしながら当然、設置されているのは見かけだけのダミーではない。もちろん、機能が死んでいる訳でもない。
 では、何故か。
 その答えは単純明快で、事前に外部からこの施設の回線へのバイパスを構築したバッタを経由して携帯用のIFS端末を操作し、この施設の警備システムに侵入、偽装工作を施していたからだった。
 しかし、これには少々の疑問も残る。
 それはアキトの現在の能力を鑑みるに、どう考えても片手間に行えるようなに簡単な作業ではない点だ。彼自身、ある程度はハッキング等の潜入工作に必要な技術をプロスペクター達から叩き込まれてはいた。しかし、現在のそれは、その程度の力量で出来る作業ではなかった。
 それを片手間に、しかも会話をしながら出来るには当然ながら理由があった。
 ラピス・ラズリだ。
 彼女がアキトの為だけに組み上げた特製のハッキングツールが、彼の手に収まる端末にはインストールされていた。
 だからこそ、アキトは敵の真っ只中に居るというのに、まるでピクニックにでも来ているような気軽さで言葉を交わす事ができたのだ。しかしそれは、当然の事だが警戒を怠っているという訳ではなく、単純に周りに殲滅対象がいない事も理由の一つではあった。
 「確かに君の探し物を考えたら組織だった探査能力は必要だと思う。けれど、交換条件にこんな事を引き受ける必要はなかったんじゃないか、と思ってね」
 「単に利害関係が一致した結果だ。それに――――」
 「それに?」
 はたと止まった言葉に先を促しながら、タカミチはアキトの言葉の真意をはかる。
 どうしてこれほどまでに凄惨な道を選ぶのか。それが彼にはどうも理解しきれない。利害の一致、その一言で済ますにはあまりにアキトが得られる利益があまりに少なすぎるように感じたからだ。穿った見方をすれば、麻帆良側にばかり得があるようにすら思えた。
 「――――俺が進むのは、今までもこれからも人殺しの道だ。命を奪う事に躊躇わない為にも、常にこういった環境に身を置き続ける必要があっただけだ」
 事実として、確かにそれもアキトの理由の一つではあっただろう。
 しかし、どうしてもタカミチにはそれが表面上の事で、本心は別にある気がしてならない。そう考えてしまうだけの理由も予想できていただけに、簡単には引き下がるつもりはなかった。
 「本当にそうかい?」
 「他に理由があったとして、お前が知る必要があるのか」
 アキトからの明確な拒絶の意思に、言葉に窮して困り果てた末に沈黙をもって否定の意を示すも、彼の態度からこれ以上問い詰めたとしても納得できるような返事は貰えないと悟る。しかし、タカミチは先に語った理由の他に何かがある事にだけは確信が持てていた。
 ただ、それが一体どんな理由で、何を目的としているのかは推察する他ない。ないのだが、何となくだが、彼には自分が推察した答えが的を居ているという確信がしてならなかった。
 全ては、彼が何よりも優先する少女の為ではないか、と。
 「ここだ、打ち合わせ通りにいくぞ」
 考え事に集中しすぎていたのか、唐突に掛けられた声にハッとしてタカミチが顔を上げる。
 そこはすでにモニタールームの扉の目前で、電子ロックを解除し終えて今にも強襲せんとするアキトの姿があった。
 基本的に、今回のタカミチの役割はアキトの監視であって、任務の手伝いはほぼしないといっていい。しかし、だからといって今の様に呆けた状態はあまり誉められたものではない。その事を自覚し、タカミチは考え事をとりあえず棚上げすると、アキトの監視に意識を集中させた。
 タカミチの表情が平時のそれに戻るのを確認すると、アキトは返事を待たずに取り出したスタングレネードを入念な注意の元に開いた扉から内部へと慎重に転がす。
 床を転がる微かな音と共に、それはゆっくりと部屋の中央部へと向かっていく。

 ―――――― 3、2、1

 瞬間的に発生する膨大な光と音の奔流。
 アキトがカウントダウンの指を全てたたみ終えると同時に、暴力的なまでの光と音の瀑布がモニタールーム内を埋め尽くした。
 続けてそれらに蹂躙され、三半規管を痛めつけられた人間が床に崩れ落ちる音が4つ。
 他に動く物がない事を確認しつつ、アキト達は注意深く室内へと踏み込んだ。
 「手間が掛からず楽でいいが、呆気なさ過ぎる。何か裏があるとみるべきか」
 「どうだろうね。僕が聞いた限りでは、ここの研究内容は非人道的なものではあるけど、上役達にとっては便利な技術だけどそこまで重要な内容でもない。だから、目を見張るほどの腕利きは配置されてない、と聞いているよ。そもそも、魔法使いとの戦闘に不慣れな君をいきなりその類の最前線に放り出すほど学園長は元より、僕等も考えなしではないよ」
 「そう、期待したいものだ」
 モニタールームへ入った2人の視界に移るのは、直前に探りを入れた通りに床で蠢く4人の警備担当者。
 ただし、警備員といってもこの施設の在り様からして真っ当な者のはずがなく、その手元には杖や指輪といった魔法発動体が見受けられる。もし彼らが五体満足で、本来の用途でこれらを扱えていたなら、アキトにとってそれなりの脅威となっただろう。
 だが、無防備に三半規管を打ちのめされた生物にとってそんな使えない代物に意味はなく、抗う術もなくただ終わりの時を待つ以外に彼等へ選択肢は与えられなかった。
 都合4度。
 風船の割れるような破裂音が室内に響く。
 「さて、予定も押している事だし、とっとと終わらせるか」
 硝煙を立ち昇らせる銃を片手に、徐々に温もりを失っていく人であったモノには目もくれずにアキトはただ時間のみを気に掛ける。
 そして、慣れた手つきで死体を隅へと転がした後は、丹念にモニタールームへ時限式の起爆装置が着けられたC4を設置していく。
 建造物を効果的に破壊できる位置を考慮し、最後にタイマーをセットすれば全て完了。するとすかさず、アキトは残された施設郡へと意識を切り替えた。
 そしてそこからは、さらに一方的だった。
 やり方自体は同じだ。
 電子ロックを解除した扉から、初めの一室と同様にスタングレネードを放り込み、崩れ落ちた研究員達の頭蓋に鉛球をプレゼントする。続けて、施設と研究成果が記されたデータを徹底的に破壊し尽くす為にC4をセット。
 そして、部屋の数だけそれを繰り返す。
 もし違いを探すとすれば、モニタールームでは曲がりなりにも戦う事を生業にした者達が対象だったのに対し、こちらはそれをあまり考慮していないもの達がターゲットな点ぐらいだろう。
 しかして、そのルーチンワークが崩れたのは、残りの研究室があと3つとなった時だった。
 今までと同じ要領で鉛球を打ち込んでいこうと銃把へ手を伸ばそうとしたところ、意外にもアキトの背後で立ち上がる男がいたのだ。
 やたらとガタイの良い男で、魔法使いに分類される人間にしては稀に見る銃器で武装した異例の出で立ちがアキトの琴線に触れた。ただし、それは目に付く、あるいは物珍しい程度のもの。元々、火星の後継者を相手にテロ活動を続けていたアキトにとって、それは慣れ親しんだ敵の対応に過ぎないからだ。どのようにして不意の襲撃に対処したのか疑問は残るが、この場でアキトがやるべき事は一つしかない。
 すぐさま背後で立ち上がったそれに対し、アキトは振り向き様に銃ではなく抜き放った白刃を見舞う。
 ユーチャリスの武器庫で手に取るのを躊躇った事が嘘のように、刀を握る手には何の抵抗も感じない。さらに言うなら、今のアキトが感じているものはあの時とは真逆で、孫六兼元を抜いた瞬間に脳裏に去来したのは重荷に感じた彼女からの想いではなく、酷く手に馴染むという感覚だった。
 その影響かは解らないが、今この瞬間に振りぬかれた一刀は、アキトがこれまでに放ってきたどの一撃よりも目を見張るものがあった。それは本人からしても、過去最高と評価しても悪くないと思わせるものが感じられたほど。だが、そんな最高の出来に反してアキトの手に返って来た感触は、肉を斬る手ごたえでも、骨を断つそれでもなく、鉄を叩くもの。
 そして場面は、始めへと戻る。


 
 競り合った状態からどうにかして銃口を致命傷を与えられる箇所へと向けようと足掻く男に対し、アキトは引き際を虎視眈々と窺っていた。
 今はまだ警備員の男も躍起になって力で押し返そうとしているが、アキトの見た目と違うその膂力に対して、馬鹿でもない限り違うアプローチを考える瞬間がやってくるはず。必死の形相を浮べる男に対して、涼しい顔でアキトはそんな予測を立てていた。
 時間に換算すれば秒針が4分の1を越え、半分に差し掛かろうとした頃。歯を食いしばりながら、脇目も振らずに穿つべき一点を凝視していた男の視線が、ついとアキトの真後ろ、部屋に備え付けられたある物を捕えた。それは、部屋に取り付けられた唯一の時計であり、押し切る事ばかりに集中していた男が、漸く予想外に長い時間の拮抗状態が続いていた事に気がついた瞬間だった。
 偶然か、はたまた癖か、男の意識が時計へと反れたその拍子に、僅かではあるが常に引鉄に掛かっていた指への力が弛む。
 考えていたものとは少しばかり違ったが、男の攻撃一辺倒だった意識が微かに緩んだその隙をアキトは見逃さなかった。
 瞬きの間に一歩後退すると共に、すかさず銃の射線からその身を外す。
 対して不意に力の消えた影響で、蹈鞴を踏むように警備の男は2、3歩程の前進を余儀なくされた。
 そんな唐突な状況の変化に戸惑いながらも、男はフルオートで無作為に.380ACPの弾丸を吐き出させる。だが、アキトの姿はすでに銃口の先にはない。避けた先を追うように男は射線を動かすも、巧みに遮蔽物を利用するアキトを捕えられる事は適わず、吐き出された無数の弾丸が空しく周辺設備のみを破壊していく。
 けたたましい音と共に鉛球が猛威を振るう中、アキトは弾切れの瞬間をじっと待ち、狙いすましたタイミングで男の懐へと尋常ならざる踏み込みでもって飛び込んだ。
 鋭い踏み込みは、続いて大上段へ振り上げられ、肩口から胴へと縦断せんとする一閃へと繋げられる。
 それらは流れるように洗練された良く練られた技だったが、一連の動作はあまりにもあからさますぎた。馬鹿でもないかぎりそのような虚実のない大振りの一撃では、如何に鋭く強力であろうと見切ってくれと言っているも同じ。それは当然、アキトの目の前の男も例外ではなかった。
 余裕の表情で体制を立て直した男は、刃の間合いの外へと一歩後退する事で退避する。そして、振り下ろされる刀が空を斬るのを悠々と見届けたうえで、死に体となったアキトへ止めとばかりに弾の補充を終えたスコーピオンの引金を引いた。
 室内戦闘において、凶悪な威力を誇る短機関銃がその性能を如何なく発揮し、弾き出された弾丸が肉を穿ち、夥しいまでの血液という命の雫が床へと音を立てて零れていく。
 警備員の男はそう確信していた。
 「痛ッ」
 だが、そんな本人の予想に反して、真っ赤な鮮血を飛び散らせたのは男の方だった。
 脳が痛みに反応した時にはすでに男の右腕は床へ転がった後で、勝利を確信した発砲音は銃を握る腕が落ちた際の衝撃によるものだった。そして、どうして自分の右腕が転がっているのか理解できず、僅かに呆けてしまったその瞬間に男は絶命した。
 「無駄に時間を使ったな。リミットまで、あと46分21秒か」
 死して尚、痙攣を続ける男の胸の辺りを蹴り飛ばし、止めに下顎から脳にかけて突き刺した刀を引き抜く。
 頭頂部近くから突き出ていた刃が引き抜かれると同時に、支えを失った体は勢いよく床へ叩きつけられ、頭蓋の砕ける嫌な音を辺りに響かせた。さらに、叩きつけられた衝撃で血が再び噴き出し、床をさらに真っ赤に染め上げていくが、足元にそれが届こうともアキトが気に掛ける様子はまったく見られない。ただ平然と血払いを済ませ、刀身を近場にあった白衣で拭う。
 血を綺麗に拭き取り、鞘へ納刀を済ませたアキトの手には再び銃が握られていた。
 死臭と鉄錆の匂いが充満する室内。
 まともな神経の持ち主なら1秒でも早く出て行きたくなる場所で、アキトは作業の手を休めることなく、さらに血臭が濃くなる中で明日の天気でも聞くような普段と変わらぬ口調でタカミチへと疑問に思った事を口にした。
 「高畑、さっきの奴は魔法使いか?」
 「カテゴリ的に言えば、こちら側だと言える。けど、さっきの男は戦士系だね。どんな理由があるかは解らないけど、彼は魔法を使う素振りすら見せなかったし」
 かといって、容易い相手でもない。
 胸に抱いたその言葉をタカミチは口にはしなかった。
 彼の評価では、先程の相手は自分と同じか、あるいは違う理由から魔法を使えぬ何かしらの事情を抱える者だと分析していた。しかし、だからといって諦める事を良しとせず、自分に出来る事を模索し続け、戦いで生計を立てる程度には位階を駆け上がった者だろうとも。
 かといってタカミチにしてみれば、梃子摺るようなレベルではない。だが、魔法を使えないアキトがそう簡単に制する事の出来るレベルでもないはずだった。
 そう、予想していた。
 だからこそ、自分も加勢に加わるべきかと入り口からタカミチはタイミングを窺っていたのだ。勿論、アキトの闘い方を知るにもいい機会だったし、どんな引き出しを隠しているのかも見てみたいとも考えてはいた。
 しかし、流石にアキトがここまで出来るとは彼にも予想外だった。
 今までも、何度かアキトが戦闘に興ずる光景を目にしていたが、真正面から魔法使いを相手取る事はなかった。どちらかといえば、アキトの戦闘方法は暗殺に近く、いわば気が付かれる前に殺すというやり方だ。それに加え、これまでの任務の内容が情報収集が主な目的であり、必ずしも戦闘を必要としなかった事もその傾向を強める事に助長していたといえる。
 「そうか……そうなると、やはり俺も何かしらもう一手、手札が必要か」
 「と、いうと?」
 「俺が実際に魔法使いを相手取ったのはエヴァのみだから正確な所は解らんが、普通なら障壁と呼ばれる防御手段があるのだろう? 実際にこの刀で立ち会った事はないが、単純な物理攻撃で切り裂けるものではないと予測している」
 アキトの推測にタカミチは黙り込み、あえて答えを提示せずに先を待つ。
 「なら、ソレを可能とする技術を会得するしかない。そうしなければ生き残れないからな」
 それを聞いたタカミチの頭には、魔法を習得するか、あるいは氣を扱う技を体得する。即座にその二つの選択肢を思いついた。だが、そのどちらも口には出さない。たとえ、エヴァンジェリンから簡単に入手できる情報と解っていても何故か自分の口からは伝えたくなかった。
 「当ては、あるのかい?」
 「ないな。強いてあげるなら、俺の握る技術をネタに取引を持ちかけるか、だな」
 そんな会話を続けている内に研究員達に対する処理は終わり、爆薬の設置も終了してしまった事でなし崩し的にこの話は打ち切られた。
 なにより、制圧しなければならない箇所はまだ残っており、余裕があるとはいえ残り時間も有限ではなかったから。



 「この後は、特に何もなかったよ。予定通りに爆破が行われて、全ては瓦礫の下。時間を掛けて瓦礫を撤去したとしても、内部のデータは処理済みだからたいした情報も手に入らないだろうね」
 一通り話し終えると、タカミチは自分の為に用意された紅茶で喉を潤す。一気に話し続けた影響か、それを口にした事で意外に喉が渇きを訴えていた事に気づかされた。
 「で、そんな話がしたくて私を訪ねてきたのか?」
 「いや、まさか。エヴァに聞いておきたい事があったんだ」
 エヴァンジェリン自身も、報告書を見れば誰でも知ることの出来る情報を伝えるためだけにタカミチが訪ねて来たとは思っていない。当然、本来の目的はアキトに関して何かしらの情報を得たいからだ、とは予想できていた。
 しかし、自分もそう簡単に思惑通りに動かされるつもりもない。それ故、自然とエヴァンジェリンの対応は、他者を寄せ付けないものになってしまう。
 「そう邪険にしないでくれないかな。簡単な事だよ。彼、テンカワ・アキトの戦い方について知っている情報が欲しい」
 「戦い方、か……。そう言われても、記憶を見たとしてもそれは断片的なものだったからな。私自身もアイツのそういった細かい部分に関しては大まかな概略を知っているだけで、それ程に詳しい訳ではないぞ。そもそも、奴の使う武術に関して言えば、流派を知っている程度だ」
 「それだけでも十分だ。聞かせてもらえるかい」
 何がタカミチをそこまで必死にさせるのか。
 案外、アキトの戦い方を間近で見た事で、彼に対して危機意識ができてしまったか。それとも、その戦闘方法を自分の為に利用したいのか。
 なまじタカミチの過去や経歴に詳しい所為か、逆にエヴァンジェリンには彼の目的の本質が些か捉えきれずにいた。
 「奴の流派は、木連式抜刀術と呼ばれるものだ」
 見返りなしになど普段の彼女からは考えられない行為だったが、今回の件に限って言えば例外だった。そもそも、名前がわかったところで、現代に存在しない流派の事を調べようにも方法などありはしないからだ。
 それでも詳細を調べようとすればアキトに直接聞く以外に方法はない。
 唯一もう一つ、アキトから遣り様によっては譲歩を引き出せる方法がないではないが、その方法はあまりにリスクが大きすぎる。
 それは、ラピスを利用するという方法だからだ。
 うまくすれば、アキトから情報を引き出せるだろうが、一歩間違えれば取り返しのつかない事になるだろう。
 それがどういった結果をもたらすか正しく理解している学園長が、その様な結末を許すはずもないので、この可能性は極めて低いと考えられる。そうなると、タカミチに取れる手段など一つもない。それが解っているが故の、この判断だった。
 そもそも、アキトの扱うものが、"木連式抜刀術"などと教えた時点で如実に悪意が感じられる。特に意図的に間違いではないが、正解でもない情報を与える辺りに。
 「聞いたことのないものだね。どこで発展したものなんだい?」
 「私も其処までは知らない。あと解る事といえば、奴の師が月臣元一郎という名だという事くらいだな」
 「月臣……聞いたことのない名前だな」
 ここまで、アキトを知るにはあまりにも少ない情報に、タカミチの表情は渋くなるばかり。得られた情報を吟味しようにも、絶対的な量がそろわなければ意味がない。
 考え込むような仕草はして見せたものの、タカミチは今後どうアプローチしていくべきか頭を悩ませる結果になった。
 ここまで必死な理由は、先ほどエヴァンジェリンが考えた内のどちらなのか。それとも、両方なのか。エヴァンジェリンの方も、注意深く相対するタカミチの表情の裏に潜むものを読み取ろうとする。
 (はてさて、どう転がるかな)
 十数年の年月を麻帆良学園都市に幽閉されている身としては、ここ数年の凡庸な時間が懐かしく感じるほどに、近頃の彼女の周りは面白い事が溢れていた。
 エヴァンジェリンにしてみれば、このタカミチとの対面ですらそういった娯楽の一つだ。
 彼女には、この状況が楽しくてたまらなかった。
 「で、実際の所、お前は何がそんなに気がかりなんだ? アキトが元テロリストだった事は知らせていたはずだ。それが、奴の現場での立ち回りを目の当たりにして危険に感じた、なんて阿呆な話ではないんだろう」
 タカミチが態々訪ねて来た理由がそんなものでは面白くない。どちらかといえば、それは彼女の願望に近かった。
 より面白く。退屈しのぎになるように、と。
 「……彼の戦う理由はなんなのか、と思ってね」
 「そんなもの、復讐以外に何がある」
 「確かに、彼の最初の行動原理は復讐だろう。けど、此処今に至っては少し違う気がしたんだ。それで、そこが理解できれば他の先生方にもスムーズに紹介できるんじゃないかと思ってね」
 タカミチがこのような事を気に留めるかには当然ながら理由があった。
 麻帆良に在籍する魔法使い達は、それぞれがマギステル・マギ――立派な魔法使い――を目指して、あるいはそれに分類されるもの達だ。
 そういった者達にとって、人を殺める事は禁忌に近い。よしんば、ソレが求められる案件であっったとしても、できる限りは相手に改心するよう説得したり、捕縛して裁判に掛けるなりを目指す。それこそが、マギステル・マギにとっての正しい行動だと信じてやまないからだ。
 しかし、実際は奇麗事だけでは済まされない。魔法協会から依頼される案件の中には、相手を抹殺せよと意味するものも当然の如く存在する。裏の思惑も多分に含まれているのだろうが、それでも上からの命令に背くことはできない。
 できないのだが、そのような仕事をマギステル・マギたる者や、それを目指す者達は大抵の場合やりたがらない。かといって、やりたくないなどという理由で突っ撥ねる訳にもいかない。
 故にアキトがこの地を訪れるまでは、外部のフリーの魔法使い達に法外な報酬でもって麻帆良へ降られた案件を肩代わりをしてもらっていたのだ。それがアキトが来訪した事で、今後はすべて内部で処理できるようになった。つまり、アキトがそのいった案件を一手に引き受けるようになったのだ。
 元々、それ程に頻繁に舞い込むような事案でもなかったので人事的な問題はなかった。どちらかといえば、法外な予算が必要だったのが、タカミチが出張のたびに危険手当と称して渡されるボーナスに色を付けたような金額に収まった事で、かなりの経費削減に繋がった。これには、学園長としても頭の痛い問題が一時的にとはいえ処理できた事に安堵の笑みを僅かに浮かべた程だ。
 しかし、それもつかの間。今度は、別の問題が浮かび上がった。
 曲がりなりにも麻帆良に所属する事になったアキトをどう他の面子に紹介するか、という問題だ。
 以前からこのような人が人を処理するような仕事に難色を示していた面子達は、多かれ少なかれ人殺しをする人種を嫌う傾向があった。だが、それも毎日のように顔を付き合わせる事がなければ問題になる事はなかった。
 けれども、アキトはそうはいかない。
 予定通りに事が進めば、アキトは麻帆大へ非常勤講師として所属する手筈になっている。
 人の口に戸は立てられない。いくら秘密にしようとも、いつかはアキトの事が皆に知れ渡る事は目に見えている。その時になって慌てるよりも、そういった人達が肯定しないまでも、許容できるような内容を考えておいて事態に対処しようとタカミチは考えたのだ。
 「別に気にする必要などないだろう? そもそも、アイツはそんな些事には拘らんぞ。他者がどう思っていようと、自分の目的の邪魔にさえならなければ気に留めさえしない。お前自身がそんな態度を見せる他の面子を見るのが嫌だと我侭を言っているだけだぞ、それは」
 「いや、まぁ、そうなんだけど。こないだの任務で少し話した感じだと、彼の戦う理由って彼女、ラピス君に関係しているように感じてね。其処の所を上手く説明できれば説得しやすいかな、と思ったんだよ」
 あきれる反面、よく見ている、とエヴァは感心した。
 事実、アキトの戦う理由には遺跡に対する復讐、責任の他にラピスの存在がある。それは、普段の彼の行動を知っていれば一目瞭然なのだが、そのような態度はアキトと身近な関係にでもならなければ知る事のない事実だ。
 そういった意味では、アキトとラピスが二人揃っている現場を一度は見たことのあるタカミチがこの事実に行き着くのは自然な流れでもある。
 「まぁ、アキト自身にではなく、周りに働きかけたいというならお前の自由だ。好きにすればいい」
 なら、と続けようとするタカミチだったが、それは一本の電話によって遮られた。
 すまんな、と断りを入れて呼び出しに応じたエヴァの表情は、話が進むにつれて上機嫌なものへと変わっていく。
 二つ折り形式の携帯電話を子気味良い音を立てて閉じた時には、もうタカミチの存在など彼女の頭から消えたていたも同然だった。視線を向けた先に居心地の悪そうな表情を見つけなければ、その場に取り残してしまいそうな程に。
 「悪いが、今日はこれでお開きだ。予定が入った」
 誤魔化す様な咳払いと共に、かすかに朱がさした頬が微笑ましい。
 「そう、か……。残念だよ」
 「まぁ、気が向けば近いうちにまた話を聞くぐらいはしてやってもいいさ」
 「とはいっても、明日から学校も始まるから早々には時間は作れないだろうね」
 それから間もなく、エヴァンジェリンは心底悔しそうなタカミチの背を見送った。結局、最後まで自分に本当の目的を悟らせなかった事を些か不満に感じながら。



 葉加瀬は、もう何度目かになる目前の光景に目を釘付けにされていた。
 飛び交うウィンドウ。人が行っているとは信じられない演算処理速度。そのどれもが彼女の常識の埒外のものだった。
 「あの契約の折に、これに対して守秘義務を求めた理由が良く解りますね」
 「確かにネ。私もIFSに関しての知識は持ってるけど、ここまでのレベルで扱える人材は見たことも、聞いたこともなかたヨ」
 同意する超も葉加瀬と同じく、ただただ呆れるばかりだ。
 そんな2人が目を釘付けにされている光景とは、ラピスが茶々丸の為に用意したオモイカネ級AIの調整作業の様子だった。IFS端末を用い、いくつモノウィンドウを展開させ、並列処理でもって膨大な情報量を処理していくその様は圧巻としか表現のし様がない。
 「ラピス、間に合いそうか」
 「あと2時間もかからない」
 「そうか、なら日付が変わる辺りには起こせそうだな」
 頷いて作業へと戻るラピスを横目に、アキトは少し時間を置いてエヴァンジェリンを呼び出す事を予定に組み込む。
 そもそも、主人となるべき人物が従者の目覚めに立ち会わないなど、滑稽を通り越して間抜けでしかない。そんな事をつらつらと考えながら、アキトはラピスから告げられた時間を考慮した上で携帯のアラーム設定をしてしまう。万が一にも、エヴァンジェリンを呼び出すのを忘れない為に。何より、この一大イベントに不参加のままにしてしまっては、後の制裁行為が恐ろしくて考えたくもない。
 「それにしても、こんなにハイペースで作業が進むとは思いませんでした」
 アキトが携帯をコートの内ポケットへ仕舞うのを見計らって、葉加瀬が今淹れただろう湯気の上がるコーヒーをアキトに差し出す。反対側の手に同じインスタントの容器がある事から、自分の分のついでということが窺えた。
 アキトの見るところによると、彼女自身が担当していた作業を終えたらしく、後はラピスの最終調整が終わるのを待つばかりとなり、未だ頑張る目の前の少女には悪いが一息入れさせて貰おうといった感じだった。
 「まぁ、胴体部分はほぼ完成していたからな。そもそも、オモイカネ級AIといっても、その中枢は結局は基盤であり、回路の塊だ。少々、茶々丸専用に改修する事に梃子摺る以外は、そうそう問題など出ない事は予測できていた」
 「それでも、当初から予定していたプログラム等との整合性やらその他諸々の問題も此処まで早く片が付くとは思てなかたヨ」
 「……そこは、ラピスがいたからな」
 同じく作業を終えたらしい超もそこに加わるも、アキトは投げかけれれた賞賛に対してやや言葉を濁す。そこには、彼女達が知らないある事実が隠されている故なのだが、それに関してアキトはあえて伝える事を避けた。
 いつかは気が付く事だろうが、茶々丸の成長如何では、ブラックボックス化して誤魔化せる可能性もあるだけに、突っ込まれるまでアキトは態々教えるつもりもなかった。
 「超、少し聞きたいのだが、この時代では魔法以外に魔法使いに対抗する最もポピュラーな方法は何になる?」
 「どしたネ、突然?」
 唐突に話題が変えられたのだ、疑問に思うのは当然。アキトは訥々と昨日の任務で感じた事を吐露していく。
 そして、話の確信を聞くにいたって超は得心した様に頷いてみせた。
 「そういう事か」
 「あぁ」
 「確かに、魔法使いと対峙するのに何の対処もしていない現代兵器のみで立ち向かうのは骨が折れる。けれど、貴方ならできなくはない、のではないかな?」
 逆に問い返された言葉に、アキトは自分の持ち得る手段を列挙してみて、仮想敵をエヴァンジェリンで戦闘考察を組み上げてみる。すると、確かにできなくはない。麻帆良に降り立ったその日にも経験したが、それ以降もエヴァンジェリンには魔法を直接見せてもらったりもしている。その過程で、自分が相手に対してアドバンテージをとる方法もすでに構築済みだった。
 しかし、そこには何度か繰り返していく内にある問題が浮き彫りになっていく。
 「可能だ。だが、余裕がない」
 そう、確かにエヴァンジェリンと同等、あるいはそれに近い位階の魔法使いであろうと、アキトは殺す方法はあると考える。だが、それは奇襲や初めて相対する場合に限られてくる。
 長期戦や、再戦する度にアキトの勝率は下降の一途を辿ることは目に見えていた。
 「俺の戦い方は、或る意味これまでの経緯から仕方がないのだが、暗殺に近い部分がある。もちろん、今後は真正面から打ち合えるように矯正しいくつもりではいる。だが、できるならその矯正に合わせて、この世界の戦い方で俺が習得できるものがあれば、是非ともその技巧を得ておきたい」
 今後の事も考えて、と締めくくるアキトの表情は硬い。
 「教える事はできなくはない――が、紹介までは私にはできない。それでも良いカ」
 「問題ない。存在さえ教えて貰えれば、後はこちらで如何にかする」
 そもそも、超にしてもこの時代の人間ではないので、こちらにアキトへ紹介できるような人脈はない。言葉通りに、自分が通り一遍調べた内容を提示することしか元々できない。
 しかし、それでもアキトよりは必要な事柄を深く知っていた。
 銃器を中心に扱うなら、呪を刻み込んだか、術を施した弾丸の使用。他には、何らかの魔力が付加されたマジックアイテムを装備する方法もある。あとは、才能に左右されるが、氣を用いた戦闘技法の習得。中でも、氣を用いたものに関しては、京都に本拠地を置く京都神鳴流が退魔師として名を馳せている、との事だった。
 「京都神鳴流、か……。ちなみに、氣というのは誰でも使えるものなのか?」
 「そこは、個々人の才能しだいカナ。中には一般人でも修行を重ねるだけでその境地に至るものいる。結局は地道な努力を重ねるしかない、という事ネ」
 ここまで聞き終えて、アキトはふと考える。
 自分の扱う木連式においても、内功や外功といったモノを扱う分野が含まれる。さて、これはこの世界においては氣に分類されるのか、と。
 京都神鳴流という一派が、現時点で聞いた限りでは刀術を基本とする流れを汲んでいる事から、自分の扱うものとは若干の差異がある。よしんば、なかったとしても、アキトには氣功術を木連式抜刀術に応用するような技術も発想もない。なにより、武器に氣を纏わせて戦闘を行う、などといった概念自体がアキトには欠けていた。
 かといって、知らない技術を延々と理解しないままに考察したところで間違った結果に辿り着くのみ。
 当面は、エヴァンジェリンから神鳴流の情報を引き出しつつ、武器弾薬を確保するためのルートの確立に尽力するのがベストかと考える。
 「ならば、とりあえずは銃器方面から充実させていくのが妥当だな」
 「私もその方が良いと思うヨ。使えるか解らない技術より、信頼のおける技術。戦闘を行う者なら、よほどの馬鹿でないかぎりソッチを選ぶヨ」
 2人して同じタイミングで頷きあう様は、つい数日前に出会ったばかりとは思えない。
 傍から見ていた葉加瀬などは、2人して茶々丸の武装を相談した日には、さぞや質実剛健なレパートリーばかりになるのでは、などと心配し始めてしまう始末。アキトの懐からエヴァンジェリンへの連絡の為に設定してたアラームが聞こえてこなければ、最悪、葉加瀬までもを巻き込んで大々的な討論会が開催されていたことだろう。
 「意外と話し込んでしまったみたいだな」
 「みたいネ。けど、参考にはなたカナ」
 「そうだな。当面の方向性を決めるには十分な情報だったといえる」
 答えながら、アキトは淀みない手つきで携帯から短縮登録されたエヴァンジェリンへと通話を行う。
 3度目のコール音が聞こえた所で、通話は繋がった。
 「間もなくだ」
 「以外に早かったな。お前の視線から見た感想でいい、仕上がり具合は?」
 「AIはこれからの成長次第だ。他に関してはラピスの仕事は完璧だ、としか言い様がないな」
 「十分だ」
 過去のアキトと違い、あの頃より口数の減った彼にしては、十二分な賛辞といえた。
 その事を良く理解しているエヴァンジェリンにしてみれば、茶々丸は最高の仕上がりと考えて問題ないと判断する。何より、自分も関わったプロジェクトだけに、元から失敗があったなどとは微塵も考えてはいない。
 「お前の到着を待って本起動に取り掛かるが、まだ来客中か?」
 「あぁ、まだだ。だが、終わらせるいい口実ができた。すぐに切り上げてそちらへ向かおう」
 と、そこで言葉を切ったエヴァンジェリンだったが、アキトには何か言い足りないような気配が感じられ、すぐに通話を終わらせずにしばし無言の時間が流れる。しかし、一度口を開きかけたエヴァンジェリンだったが、結局何も言わずに通話は切れた。
 耳に残る彼女からの戸惑いの息遣いの所為か、通話が切れた事を示す定期的な無機質な音が嫌にアキトの耳に付いた。
 それから間もなく、ちょうど準備が整った頃にエヴァンジェリンは研究室へ姿を見せた。
 外部接続を外された茶々丸は、耳を覆うカバーのようなものがなければ人と変わらぬ外見で起動のその時を待っている。
 「エヴァンジェリン、後はぜんまいを巻けば魔力が充填されて本格起動されるネ」
 言葉を返す代わりに、エヴァンジェリンは厳かに超の手からぜんまいを受け取ると、ゆっくりとした足取りで茶々丸の背後――ぜんまいの場所へと移動していく。
 起動の瞬間を固唾を呑んで見守る葉加瀬。
 自分の技術に揺ぎ無い自信を持つ超にしても、今までの成果が実る瞬間を興奮気味に見守っている。
 作業を終えたラピスでさえ、普段の定位置であるアキトの左隣で彼の手を握りながら表情こそ出していないが、握る手に力が篭る。
 「さて――」
 言葉と共に、それぞれの耳にぜんまいが差し込まれた澄んだ金属音が届く。
 「――巻くぞ」
 ゆっくりと巻き上げられる音と、魔力が充填される淡い光が茶々丸を包み込む。キリキリ、キリキリ、と巻き上げられる度に、注ぎ込まれる魔力に反応して躯体が目覚めの喜びに打ち震えるようにかすかな動きを見せる。
 「こんな、ものかな」
 封印下にあるため、この日の為に蓄えた魔力のそのほとんどをを茶々丸に注ぎ込み終えた所で、エヴァンジェリンはぜんまいから手を離す。彼女が感じるに、魔力を供給した感触は悪くない。というか、彼女自身も関わった馴染み深い魔力蓄積型の動力炉だけに勝手知ったるなんとやらというやつだった。
 しかしそんなエヴァンジェリンの予想に反して、いくら待てども一向に茶々丸の瞳は開かない。
 「足りなかった、のか?」
 不備が魔力の他に思い当たらないだけに、考えられる原因はそれ以外にありえない。
 「や、そんな事はないはずネ。この日の為に計算した、起動に必要な量は十分に満たしていたハズ」
 「そそ、そうですよ。万全です! きっと、ちょっとグズッてるだけですよッ」
 主人として、従者の目覚めを一番に祝福するべく位置を正面に移動するも、全く反応を見せない事にエヴァンジェリンは不安を感じてしまう。
 事前の段階での問題はなかったはず。では、自分が制作に関わった動力部に何かしらAI面との相性に問題が発生したのか。しかし、それこそ問題などないはずだった。
 エヴァンジェリンが人形師としての長年の経験を加味して作り上げた一品に問題などあるはずがない。
 では、いったい何が。
 過ぎていく時間に比例して、あれやこれやと失敗した理由と思しき物が次々と彼女の脳裏を掠めていく。
 エヴァンジェリンにとって、予定調和に変革を齎す門出のはずが、期待に反して納得のいかない結末を迎えようとしている。その事に、言い知れない不安が圧し掛かる。これから先の己の道筋すら、上手く行かないと示唆されているかのように。彼女にとっての幸運は、テンカワ・アキトという埒外の存在に出会う事で使い果たしてしまった、とでも言うのか。
 そして、最後にアキトへとエヴァンジェリンの視線は向いていた。
 「ラピス、AI関連と動力部の不具合のデバッグは完了していたな?」
 アキトの問いに、全く淀みなくラピスは頷く。そこに、些かの逡巡もない。
 「何か考えられる事は?」
 「呼んでないから?」
 「どういう事だ」
 「名前、呼んでない。呼ばないと、起きれない。伝わらない」
 「そういう事か」
 一人納得したように頷くアキトへと皆の視線が集中する。
 「いや、な。未熟ではあるが、すでに彼女には心がある。だからかな、最後に個人として自身を確立する為に、起きる為に名を与えてやる必要がある、という事だ」
 そこまで聞いて、だが、と葉加瀬が反論しようとするのをアキトは嗜めつつ続ける。
 「確かに、今の形に落ち着くまでに何度も俺達は彼女を名で呼んだ事がある。だが、これまでと今は違う。彼女は本当の意味で、今から世界に生まれ落ちる。つまり、今この瞬間は赤子の誕生を祝う時であり、本当の意味で彼女に名前を授け、一個人として世界へ生れ落ちる時だと言うことだ」
 「と、言うことは?」
 「まぁ、ちょっとした彼女の我侭――いや、願いかな」
 待ってるぞ、っとエヴァンジェリンを促すアキトに背を押され、再び茶々丸へと向き直る。
 片隅に残る懐疑的な思いを押し殺し、エヴァンジェリンは静かに眠る少女の手を取る。
 「お前の名は、茶々丸――絡繰茶々丸だ。起きろ、茶々丸」
 静かに、しかし確かな願いを込められた声が茶々丸の耳へと届けられると、呼び声に答えるように握られた手が震えた。
 そしてゆっくりと、茶々丸の瞳が開かれる。
 「――――――お呼びですか、マスター」
 その場にいる誰が見ても、茶々丸の表情はなにも感じさせない。しかし、何故だか皆が一様に彼女のその無表情の裏に歓喜の想いを感じ取っていた。

 
 
 二年の歳月が流れた。
 今でも茶々丸は目覚めた瞬間の事をはっきりと思い出せる。
 喜びと戸惑い、様々な感情が綯い混ぜになった表情を浮かべたエヴァンジェリン。予想もしない事態に、驚く超と葉加瀬。そして、すべてを見守るように佇んだアキト。友達との二度目の出会いに小さな笑顔を見せるラピス。その一つ一つが、彼女にとっては掛け替えのない宝物となっていた。
 「マスター、朝です。起きてください」
 そして、このような日常が何よりも尊い事を、この二年あまりの時間の中で学んでいた。
 「んんッ」
 「おはようございます、マスター」
 つい昨日までの長期休暇だった事もあり、問題なく起床を迎えた主に茶々丸はほっと胸をなでおろす。吸血種故か、夜行性の彼女が極端に朝に弱く、中々目覚めないなどざらにあるからだ。
 「あぁ、茶々丸か……もう、朝なのか」
 「はい、お二方も下でお待ちです」
 その言葉に促されるように、エヴァンジェリンは用意された麻帆良学園中等部の制服に袖を通していく。
 「あいつ等は何を?」
 「先ほど、父様がラピスに急かされていましたから、今頃は髪に櫛を通している最中かと」
 「なら、まだ余裕があるな」
 茶々丸に寝起きで多少乱れた髪を階下と同じく櫛を通させながら、エヴァンジェリンは身支度が整えていく。
 「それにしても早いな。お前が生まれてもう三度目の春か……とりあえず、今日はアキトの事も含めて祝わんとな」
 「ありがとうございます、マスター」
 「あぁ、今年は二人分だし、とっておきを空けるかな」
 手は止めずに、しかしどことなく嬉しげに謝辞を述べる茶々丸に満足そうにエヴァンジェリンは頷いてみせた。
 幾分もしない内に髪は整えられ、制服も問題なく着込んだエヴァンジェリンが階下へ降りてみると、先刻の言葉どおりの二人の姿があった。
 「相変わらずだな」
 「まぁ、いつの間にやら日課になってしまったからな」
 こちらも、先ほどの茶々丸と同じく慣れた手つきでラピスの桃色の髪を丁寧に梳いているアキトが答えた。
 「今日はどうするんだ?」
 「さて、どうするかな」
 先日、学園長から辞令を申し付けられたアキトは、昨今では珍しく麻帆良学園都市内での勤務になったが故のエヴァンジェリンからの質問だった。
 「まぁ、お前の予定がどうだろうと気にしないが、できるだけ早く帰って来い」
 「何故だ、と聞いては教えて貰えるのか?」
 「否、だな」
 したり顔で笑うエヴァンジェリンに、さて今日は何があったか、と考えをめぐらすアキトは茶々丸の姿を目に留めて事情を察した。
 「ラピスはどうするんだ?」
 「秘密」
 「そうか、しっかりとな」
 「ん」
 それだけの言葉で互いの言いたい事を過不足なく理解し合い、アキトは役目を終えた櫛をしまう。
 時を同じくして整えられた髪を背に、ラピスは普段にもまして満足そうな表情を浮かべていた。ただし、彼女の表情を読むことに慣れたものにしか解らない程度に、だが。
 そして、これまで過ごして来た日々と同じようで、少し違う彼らの日常が始まりを告げた。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/03/11(木) 01:31:49|
  2. 闇の旅路
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1
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コメント

まってました

はじめまして、

一年ぶりの更新、
ずっと待っていました。

この次からは麻帆良の他のメンバーが出てきそうで
期待して待っています。

これからもがんばってください。
  1. 2010/03/11(木) 15:08:05 |
  2. URL |
  3. KOH #-
  4. [ 編集]

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