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日々平穏

二次小説とか日記を気まぐれに書いてみるつもりです。

闇の旅路 11

 「再び相見えるのを楽しみにしておるぞ」
 囁くような大きさのそんな声が、目を覚ましたアキトの鼓膜を振るわせた。
 
 
 
 「何、だ」
 心当たりのない、女性と思われる声がアキトの頭の中でリフレインされる。
 それに触発されて、つい先ほどまで此処ではない何処かで誰かに会っていたような、そんな自分の知らない記憶がアキトの脳内に次々と浮かんでくる。会った事のない女の顔が、アキトの思考をいっぱいに埋め尽くす。
 だが、段々と遠くへ離れるように薄れていく声と共に、その記憶も脳裏から徐々に零れ落ちていく。
 「俺は、何を忘れようとしている?」
 無事にジャンプアウトした事よりも、今まさに消えようとしている記憶は、アキトにとって今後を左右するとても重要な意味を持っていたはず。内容はハッキリと思い出せないが、アキトの心はその事を自身に対して強く訴えかけていた。
 こみ上げてくる焦燥感とは裏腹に、どんなに忘れまいとして記憶を繋ぎ止めようとしても、それを嘲笑うかの様に記憶は霧散していく。
 「駄目だ。待て……消えるなッ!」
 焦点の合っていない視線を中空に漂わせながら、縋るような声を上げるアキトを置き去りに、記憶は容赦なく消えていく。
 いや、正確には封印されたというのが正しいのだが、その事さえも忘れてしまったアキトにとってはどちらでも同じ事だった。
 健闘空しく全てが忘却の彼方へと消え去り、何に対して不安を抱いていたかすら覚えていないアキトに残されたのは、腕の中で未だ眠りつづけるラピスの温もりのみ。何かに必死になっていたはずだが、それすら解らず呆然としてしまっていたアキトにとって、その温もりは自身の現状を急速に理解させるに至った。
 「無事、ジャンプアウトできたようだが……」
 先ほどまでの、取り乱した姿が嘘のように落ち着いた面持ちで、アキトは腕の中で規則正しい寝息を立てながら眠るラピスを安堵の表情で見つめる。
 ラピスの無事を確認したアキトは、ゆっくりと周りを見渡してみたが、何処を見渡しても同じような風景しか見る事はできなかった。
 「森、の中なのか」
 他に確認できたものといえば、鬱蒼と生い茂る木々の間から輝く満月と星々のみ。
 アキト自身、何故、共にジャンプしたはずのユーチャリスから放り出され、このような場所に倒れていたのかなど、疑問は尽きない。
 しかし、今はここが何処なのかを知る方が先決だった。
 大気中の成分等は、常に持ち歩いている探知機から警告がこない事と、自分が未だ無事に生きている事から問題なしと判断し、とりあえずアキトはこの場所からの移動を選択する。夜空に輝く星座の中に、見知ったものがあった事から、おそらくここは地球の可能性が高いと考えながら。



 今現在、少女は非常に機嫌が悪かった。
 幾ばくかの力を取り戻せる満月の夜は、少女がつまらない学生生活を送る中で、数少ない楽しみにしている一時。それを無粋にも邪魔された事に対して、今すぐにでも鬱陶しい雑用を押し付けた人物を縊り殺したい程に。
 腸が煮えくり返りそうになる程に胸中を怒りに染めながら、少女は森の中を飛ぶように駆ける。内面とは真逆に、月の光を反射して煌く金髪を風に靡かせ、幻想的な光景を醸し出しつつ少女は駆け続ける。依頼された雑用である、侵入者の確認、場合によっては排除する為に。
 だが、少女は怒りの他に、微かにではあったが違う感情も持っていた。
 この地で少女が警備員の役職について10年余り。少女に感知させずに結界を潜り抜けた人物など存在しなかった。
 全盛期の少女であっても、全く感知させずにこの場を包む結界を通り抜けるなど不可能。少なからず違和感を出してしまう。それを、微塵の違和感すら抱かせる事無く、あまつさえ連絡を受けるまで少女に気が付かせなかった事など今まで一度としてなかった。
 その事が、少女の怒り狂う内面に少しの期待を抱かせる。
 もしかしたら、満月の夜に相応しい胸躍る時間になるかもしれないと。今は遠ざかって等しい、鮮血の舞う一夜になるかもしれないと。
 怒りに混じった一欠けらの期待を胸に、少女はさらに駆ける。
 そして、すぐに少女は目的のモノを見付けた。
 漆黒の衣を身に纏った、自分に近い匂いを感じさせる存在を。
 歪にゆがむ口元を抑えられず、逸る気持を抑えられず、警告する事などはなから思考から排除して、少女は力を呼び覚ます言葉を紡ぐ。
 己の欲望を存分に満たす事を求めて。
 


 歩き始めて幾ばくもしない内に、アキトはある事に気が付いた。
 妙に森が静かな事に。
 辺りから感じる動植物達の息遣いも、何かを恐れて必死に息を殺して隠れようとしている雰囲気だった。
 「何かがこちらに近づいて来る?」
 怪訝に感じた瞬間、直感に従い酷く重く感じる体に鞭打って、アキトは己の神経を研ぎ澄ましていく。
 体の鈍さに関しては、何となくだがジャンプの影響ではなくもっと違うものだとアキトは感じていた。言うなれば、体に混入された異物が、全身に馴染もうと広がっていくような感覚。IFSを体内に打ち込んだ時や、ヤマサキの実験の際にナノマシンを体に混入された時に味わった違和感に似ている気がしていたからだ。
 しかし、今はそれを気にするよりも、懸念事項を確認する方がアキトにとっては優先度が高かった。
 何者かが近づいているなら、発見が遅くなればそれだけで自身の生存率を下げるかもしれないからだ。
 息を落ち着かせ、気を張り巡らせ、辺りを探ってみて、即座にアキトは気がついた。普段の自分なら考えらない失態に。
 「近いッ!」
 体の違和感など言い訳にならなかった。ここまでの接近を許すなど致命傷に等しい。
 アキトの右後方、100mと離れていない場所。そこに美しい金髪を靡かせながら、ラピスと変わらない年頃の少女が、アキトを鋭い視線で睨み付けていた。
 佇む少女は何か言葉を発しているようだったが、アキトには口を動かしている事しか確認できない。唇の動きを読んではみたが、アキトの知らない言語体系だった為、どういった意味を示しているのかアキトには全く理解できなかった。
 ただ、少女から放たれる現象にだけは、アキトは瞬時に反応して見せた。
 言葉が終わると同時に、振り下ろされる少女の右腕。それと同時に、少女の周りから放物線を描きながら放たれる十を超える氷の塊。
 耳に届く空気を切り裂く音と、肌に感じる大気の震え。それに、木連式を修める者にのみ視る事が許される特別な世界。
 その全てを駆使して、アキトは群がる氷塊を紙一重で全て回避していく。人を一人抱えているとは思えないほど軽やかな足取りで。
 「待てッ! こちらに交戦の意思はない」
 唐突な出来事に対して、咄嗟に出てしまったアキトの言葉は目に見えて少女の機嫌を損ねた。
 「日本語は通じるということか?」
 少女の意外な反応から、アキトはかすかな疑問を抱く。だが、今はそのような事を確かめている余裕はなかった。
 ただでさえ好戦的だった少女の瞳がさらに細く鋭くなり、距離を詰めつつ再び紡がれる言葉と振り下ろされる右腕。先ほどの倍近くと思われる氷の塊がアキト目掛けて襲い掛かって来ていたからだ。
 倍化した氷塊を、つい先ほどと同じように紙一重で交わし続けながら、アキトは傍と気が付いた。回避した氷塊が、自分を追うようにしてその進路を緩やかに変えた事に。 
 「追尾機能か。厄介な」
 短くはない時間を、黙々と氷塊を回避し続けるアキト。かなりの量に囲まれつつも、かすり傷程度に傷を抑えるアキトは驚嘆に値するが、人間である限り少なからず誰でもミスを犯す。
アキトのそれは、激しい動きに反応して、微かに洩れたラピスの声によって引き起こされた、一瞬の集中力の欠落だった。それによって、戦闘が始まってから最悪でも視界の端に捕えていた少女の姿をアキトは見失ってしまう。
 そんなアキトのミスを待っていたかのように、少女は最短距離で詰めようとしていたのを一転、アキトの背後に回りこむように進路を変更する。
 同時に、再び紡がれる力を呼び起こす言葉。
 アキトが再び少女の所在を確認できたのは、追尾して来る氷塊と新たに放たれた氷塊に挟まれるようにして取り囲まれた瞬間だった。
 「クッ」
 零れる苦悶を合図に、アキトは今まで見せなかった切り札の一つの使用を決断する。
 もしもの場合を考えてラピスを抱きかかえる様に抱き直し、左手首に存在するそれを瞬く間に操作する。すると、アキトの周囲に半透明の薄い膜、個人用のディストーションフィールドが氷塊を遮るように展開された。
 「持ち堪えてくれ」
 回避した氷塊が引き起こした周りの惨劇を見るに、少女の放つ攻撃は、その速度も相まってかなりの質量を伴っている。これがもし、光学兵器的な要素を多分に含んだ攻撃ならば、ディストーションフィールドは有効な防御手段になりえただろう。
 だが、違う。
 アキト自身も周りの状況からその事を理解していたが、それでもディストーションフィールドに頼らざるを得ないない状況だった。
 そんな現状にアキトの顔が苦渋に歪む中、次々と轟音を轟かせながら氷塊はディストーションフィールドに着弾し続ける。
 着弾の数に反比例するように、ディストーションフィールドはその効力を減衰させていく。
 一部の反れた氷塊や、数の多さの影響か、全ての氷塊が着弾し終わる頃には周囲一体が粉塵で覆い隠されていた。
 その結果を目の当たりにして、あまりの大雑把なやり方に、この状況を引き起こした少女自身もさすがに頭に血が上りすぎた事を後悔するような表情になる。こうなってしまっては、アキト達がどうなったか確認出来ない故に。
 その事に、表面上は後悔の色を見せるが、内心では仕留めたと判断しているのか、すぐにその表情は、想像したよりもずっと拍子抜けな結末に落胆の色を顕わにする。
 しかし、それは曲がりなりにも数多の死線を潜り抜けて来たテンカワ・アキトという男をあまりにも過小評価していた。
 少女が佇む場所から、さほど離れていない粉塵の中心、ラピスを抱えたままアキトは変わらず五体満足でその場にあった。
 左手首のディストーションフィールド発生装置からは、次の攻撃には耐えられないという報せが引っ切り無しに表示されてはいたが、それでも先ほどの猛攻は間一髪のところで堪えきっていた。
 そして、今の攻防でアキトは1つの予想を立てる。
 自分が今し方居る場所は、何かしら機密を抱える場所で、それ故に執拗に少女は自分を殲滅しようとしてるのではないかと。
 ならば、自分が生き残る道は少女から逃げるのが難しい現状では、返り討ちにして逃げる時間を確保するしかない。
 アキトはなれた手付きで、腰の後ろにあるホルスターから愛用のリボルバーを引き抜く。
 同時に辺りを探り、少女の位置を確認すると、その方向に向かって躊躇なくリボルバーに装填された全ての弾丸を吐き出させた。
 静まり返った夜の森に、連続で大砲でも発射したかのような轟音が木霊する。
 しかし、解き放たれた6つの弾丸は、少女を穿つ事ができなかった。
 凶悪な白銀の顎は、少女の目前でその歩みを壁のようなものに阻まれていた。
 アキトの瞳に、粉塵の中を突き進んだ弾丸が作り出した空間を通して少女の驚く顔が映る。
 殲滅したと思っていた対象から、まぐれと思しき1発とはいえ、眉間のど真ん中に向けて弾丸を撃ち込まれたとあっては、そのような表情になる事も頷ける。
 不意を打った筈の弾丸を止められた事に、アキトにも同じく驚きはあったが、少女程ではなかったので即座に次の行動に移っていた。
 「うまく騙されてくれ」
 小声で呟く声と共に、ラピスを左腕1本で支える形に抱き直してから、アキトは少女に背を向けて森へと駆け出す。
 吹きすさぶ自然の物とは思えない突風を背に感じながら、滑らかな動作でアキトは空薬莢の排出、再装填という一連の動作を瞬く間にこなす。ラピスを抱え直した際、同時にスピードローダーを一つ、その手に取っていたからこそ可能となった行動だ。
 「頃合か」
 風によって吹き飛ばされる粉塵が少なくなったのを見計らい、アキトは逃走を止め、風の発生源へと視線を動かす。
 姿を確認した途端、アキトは自分の行動に対して怒りを顕わにするエリナを思い出した。目の前の少女が見せる沸点の上がり具合が、ナデシコに搭乗していた頃の彼女の姿を彷彿とさせるものだったからだ。 
 そんな、いい具合に出来上がってきている少女を見て、内心で成功する可能性が上昇した事に喜びつつ、アキトは左手首に備え付けられたディストーションフィールドとは違うもう一つの機能を解き放った。
 途端、アキトの周りをボソンの煌きが包み込むように発生する。
 その見知らぬ現象に眉を顰める少女は、アキトを追撃しようと踏み出した一歩を警戒心からか止めてしまう。
 それを好機と、アキトは即座にイメージを固め、言い慣れた発動の合図を口にする。
 ジャンプ、と。
 ボソンジャンプに対して少女が驚きに目を見開くのを他所に、アキトは予定通りに少女の背後にごく僅かなタイムラグと共に出現。脳裏に浮かべた行動そのままに、頭蓋を打ち抜く為に右手に握ったリボルバーを頭の位置へ持っていこうとして――――-出来なかった。
 どういった理屈か、今のジャンプを切欠に戦闘前からアキトの体を蝕んでいた疲労が今にも意識を失いそうな程に悪化したのだ。
 「何故、だ」
 もともと原因不明の疲労だっただけに、何が起こったのかアキトにも想像がつかない。
 それでもアキトは、何とか震える腕を上げようと必死で右腕に力を込めるが、腕は考えていた半分も上がっていない。
 このままでは、折角得たイニシアチブを失う事になる。
 そう判断したアキトは、迷う事無くそのまま引鉄を引いた。
 頭蓋ではないので即死とはいかないが、その場所も出血多量等で十二分に人間を死に至らしめる位置。
 アキトの放った一撃は、腹に響く重低音と共に、少女の脇腹の肉をごっそりと抉り取り、辺りに肉片の混じった紅い液体を飛散させた。
 「がっ……」
 予想外の展開にくぐもった声を上げながら、少女は脱力するように膝を折り、己の撒き散らした肉片と共に地面へと崩れ落ちる。
 倒れた拍子に、少女の失われた部位から内臓が零れ落ちる様を、じっと見届けるアキト。その瞳は、まったく感情を感じさせない。
 もがくように動いていた手が徐々に水音をさせなくなり、少女の瞳からは光が失われていく。その様を、感情を写さない冷たい瞳でアキトはじっと観察し続ける。最後に口から吐血したのを合図に少女の生命活動が止まるまで、アキトは視線を外さない。
 少女の死を見取ったところで、ようやくアキトは安堵の溜め息と共に少女に背を向けて、何故か再び森へと進路を取った。
 実は、すでにアキトの意識は限界だった。
 「気休め程度だが、この場に倒れているよりはマシか」
 今し方、相対した少女から想像するに、かなりの能力を持った組織のテリトリーに自分達が迷い込んでいるのは想像に難くない。
 可能ならば安全が確保できる場所まで移動したかったが、現在のアキトの状態ではそれは不可能だった。
 故に、せめてもの気休めにと、アキトは森の中へ姿を隠す事を選択したのだ。出来る限り探査の目から逃れられる場所を選び、アキトは太い幹を持つ木に背を預けるようにして座り込む。
 「次に目が覚めた時、ヤマサキの同類が目の前に居ない事を願うばかりだな」
 そんな皮肉の言葉と共に、ラピスを守るように抱き直したアキトはゆっくりとその意識を手放した。
 
 
 
 アキトが意識を失ってから間も無くして、血だまりに沈んでいた少女は激しい咳き込みと共に活動を再開した。
 己の作り出した夥しい量の赤い水溜りの中で、狂った様に咳き込みながら暴れまわる。そして、一際大きな堰をしたかと思うと、口から赤黒い餅状の凝塊を吐き出して、漸く落ち着きを取り戻した。
 粘着質な音を立てて地面に吐き出されたそれは、喉を塞ぐように存在していた血餅だった。
 「最悪の気分だな」
 喉の奥と体中にへばり付いた血の感触に眉を顰めながら、少女は先ほどまでの出来事に思いを馳せる。
 「始めから魔力を感じなかったが、あの最後の一撃もなんら魔力の付加がされていなかったということか?」
 疑問に答える声はないが、構う事無く少女は続ける。
 「解らん! とりあえず、全てはヤツを見つけてからか」
 もはや少女には、この依頼を頼まれた当初の苛立ちは微塵もない。代わりに、先ほどまで目の前にいたアキトに対する好奇心が内面を埋め尽くしていた。
 どうにかしてアキトを見つけ出したい思いに駆られる少女は、周囲に撒き散らされた自分の血液を見て鼻をひくつかせる。
 「これだけの量だ、ヤツにも幾らか付着している可能性が高いな」
 口の端を吊り上げながら、少女は芝居がかった仕種で指を鳴らす。
 すると、それを合図に少女の羽織ったマントが大量の蝙蝠へと姿を変え、螺旋を描きながら少女を取り囲む。
 「森の外周部から捜索して、私の血の匂いを付着させた2人組みの人間を探し出せ」
 振り上げられた腕を切欠に、蝙蝠達は一斉に夜空へと翼をはためかせる。
 が、ものの1分もしないうちに蝙蝠達は少女の下へと舞い戻って来た。
 「どうした?」
 蝙蝠達の行動に怪訝な表情を浮かべる少女を、1匹の蝙蝠が代表して群れから飛び出して導く。疑わしげな表情を隠そうともしないで後に続く少女は、蝙蝠の案内する先に辿り着いたところで漸く納得の色を見せた。
 「ここまで近くに居たとはな」
 蝙蝠達への労いの言葉もそこそこに、少女は興味深げに目の前で気を失って眠る2人へと視線を向ける。
 余程、疲労困憊の状態だったのか、アキトは苦しげで息も少し荒い。だが、それでもリボルバーの銃を固く握って放さない様が、少女の興味をさらに煽った。
 頭の先から爪の先まで、ゆっくりと少女はその細めた眼を行き来させる。
 「魔力は、感じる。だが、魔法を行使したような形跡はなしか。先ほどは、確かに転移系の魔法を使っていた……なのに魔法を使った痕跡がない。銃に何か秘密があるということか?」
 様々な考察が脳内を駆け巡る中、少女の興味がアキトの握る銃へと向けられる。
 少女は注意深くアキトの反応を見つつ、手に握られた銃へとその手を伸ばした。
 「むっ」
 だが、固く握りこまれたアキトの手は容易には開かない。
 その事が少々感に触ったのか、少女はムキになってアキトの手を開かせようと、顔を真っ赤にしながら必死に力を込める。だが、見た目と同程度の非力な力しか発揮できない現状では、一度に全ての指を開く事が出来ず、一本ずつ開くしかなかったので思いの外時間がかかってしまった。
 「全く、なんという握力だ」
 予想外の事態に、悪態をつきつつも手に取った目的の品を真剣な表情で少女は検分していく。
 「見たことのない種類だな」
 引鉄に注意しながら、少女は全体を隈なく調べていく。
 「銃本体には、魔法的な仕掛けはなしか」
 続けて、少女は掌へと不釣合いな大きさの5発の弾丸と空薬莢を一つ、シリンダーから取り出す。
 だが、それにも少女の疑問を解消する、満足いく答えは存在しなかった。
 「これにも、何もなしか……。転移もそうだが、奴はどうやって常時展開されている私の魔法障壁を破って弾を打ち込んだ?」
 疑問の答えを求めてか、あるいは解けぬ疑問への苛立ちからか、少女は取り出した弾丸を再びシリンダーに込め、森の暗闇へとその銃口を向ける。
 「目覚まし代わりだ」
 そんな言葉と共に少女が引鉄を引く。その動作に連動して、少女を貫いた時と同じ、重く腹の底に響く音を轟かせながら弾丸が排出される。
 だが、その轟音を間近で鳴らされたにも関わらず、鬱陶しそうに瞼が揺れるだけで、アキトとラピスが目覚める兆候はない。
 「これだけの音を聞いても目を覚まさない上、やはり魔法が付加されていたような反応は何も感じられないか」
 自分の考察を確認する意味も込めて口にした少女は、手に持つ銃に対して自分が求める答えとは違う、何か奇妙な違和感を今の行動から感じていた。
 「しかし、何だ? 何か引っかかる。何か見落としているような……」
 右手にずしりと来る重さを持った銃は、今し方、弾丸を放った事でうっすらと硝煙の煙を燻らせている。その光景をじっと見つめながら、少女はもう一度、手に持つ銃の引鉄を引いた。
 しかし、得られる結果は先ほどと変わらない。問題なく銃口から弾丸が放たれ、木の幹を抉りながら森の奥へと消えていくだけ。
 「やはり、何もないか」
 さっき感じた違和感は気のせいだったかと、少女は腕を下ろす。そして、この大音量にも関わらず未だ眠りつづけるアキト達に視線を戻そうとして、少女は漸く違和感の正体に気が付いた。
 「待てッ! この銃が何の細工も成されていない、ただの銃だとしたら、何故、今の私の力で問題なくこのサイズの銃が扱える」
 そう、少女はその外見とは不釣合いなまでな大きさを誇る銃を、何かしら細工が施されているだろうと思い込んで、横着にも右手一本で今まで扱っていたのだ。
 「ありえない。このサイズの口径で、ここまで反動を抑えたものが開発されたなど聞いたこともない。ましてや、グリップすらまともに握り込めていない私が扱えるだと……」
 興味を持った当初から疑問は尽きなかったが、この事は、少女がアキトに対して得体の知れない違和感を抱くには極めつけだった。
 「魔法使いではないが、真っ当な人間でもないという事か」
 不敵な笑みを浮かべながら、少女は嬉しそうにアキトと交戦中に呟いていた言葉を再び口にする。
 「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
 少女が銃を取り上げた辺りから、アキトは途切れ途切れに苦しげなうめき声を上げていた。その事から、今精神に訴えかける方法を行使すれば、アキトに関する有益な情報が得られる可能性が高い。そう判断しての少女の行動だった。
 「夢の妖精 女王メイヴよ 扉を開けて 夢へと いざなえ……」
 言葉が途切れると共に、少女の体から力が抜ける。
 そして、肉体を離れた少女の精神体が最初に見たのは、今とは似ても似つかないアキトの姿だった。
 自分を取り巻く様々なものから逃げる一方で、孤独に怯え、心の奥底では必死に家族というものに憧れる毎日。
 「これが、あの男の過去の姿だというのか?」
 どこで、あれほどまでに屈折した存在に成り得たのか。少女の目前で繰り広げられる光景からは想像も出来なかった。
 戦争に巻き込まれ、多くの人々の思惑に翻弄されつつも、そんな中で自分という存在の内面を見直し、過去の悲しみを抱えつつも人として少しずつ成長していく。
 少女からしてみれば、物足りないと感じるシーンの連続だった。戦争が一段落して、ラーメン屋台を引いて幸せの絶頂にいるあたりなどはその際たるもの。
 だが、どこかに求める答えがあるはず。アキトから定期的に聞こえてきたうめき声は、おそらくは悪夢に魘されてのもの。そう当たりをつけていた少女は、無駄口を叩く事なくじっと求める情報が得られるのを待ち続けた。
 そして、少女の予想通りその場面は、それ程、時を置かずしてやって来た。
 「ほぅ、そういう事か」
 それは、新婚旅行で火星に向かうシャトルの中から誘拐された所から始まった。
 繰り返される人体実験、救出、復讐への決意。
 保身の為に、アキトが世界の敵と認識され、A級テロリストなどと呼ばれる存在になった辺りで、少女は溢れる感情を抑えられなくなった。
 「嬉しい。本当に嬉しいぞ、テンカワ・アキト。よくぞこの地で、最初に出会う人物に私を選んだ! これを運命と呼ばずしてなんとする。お前は、出会うべくして私に出会った」
 場面が変わり、麻帆良へ来るに原因となったシーンを見つつも、さらに陶酔したように少女は続ける。
 「世界の全てから敵と見なされた男よ。闇に染まりながらも人を捨てきれない貴様は、私にこそ相応しい!」
 夢が終わり、少女の精神体が肉体へと戻り、全てを見終わってなお、少女の興奮は収まらないでいた。
 「さぁ、早く目を覚ませ、テンカワ・アキト。私、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルは、貴様の目覚めを待ちわびている」



 金髪の少女、エヴァンジェリンの周囲を憚らない高らかな声に反応してか、アキトの瞼が目覚めの予兆で微かに揺れる。
 「んッ……んんッ」
 気を失ってから然程時を置かずの覚醒は、やはり気だるげで、未だアキトの体は不調を訴えつづけていた。だが、至近距離から断続的に聞こえてくる声は、その大きさからか、そんな靄の掛かったアキトの意識を急速に覚醒へと押しやった。
 無駄な言葉は発しない。状況を確認して、即座に抵抗の行動を取ろうとするアキトだったが、すぐに右手に握っていたはずの銃がない事に至る。
 一体どこに、と視線を漂わせて、目の前で高笑いを続ける人物の手の中に収まっているのに気が付たアキトは、即座に予備の装備に手を伸ばす。しかし、その手が予備の武装に触れる事はなかった。
 「目が覚めていたなら、そう言え。この私がわざわざ待っていてやったんだからな」
 新しい玩具をプレゼントされて喜ぶ少女のように、頬を上気させながらエヴァンジェリンがアキトを見つめていたからだ。
 「始めまして、侵入者殿。聞いていたかもしれないが、私はエヴァンジェリン、エヴァンジェリン・アタナシア・キティ・マクダウェルだ。少々、気が立っていたとはいえ、無駄に警戒を与えてしまった事を詫びる。ここからは、平和的に話し合いというヤツで双方の理解を模索しようか」
 アキトは、耳に入ってきているはずの言葉が理解できなかった。
 先ほど、確かに殺したはずの少女が目の前に立っている。その理由が解らなくて、混乱の極地にあった。
 確かに、アキトは愛用のリボルバーで少女の脇腹を穿ったはずだった。その証拠に、少女の衣服は脇腹に大きな穴のある無残な襤褸切れへと成り果てている。なのに、穿ったはずの肉体は、血のこびり付いた跡はあるものの、傷一つない美しいきめ細かい白い肌をその穴から覗かせている。
 「いったい俺は、どんな場所に来てしまったんだ」
 回らない頭を必死に建て直し、しかしアキトの口から出た言葉はそんな呆然とした一言だけだった。
 

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2008/02/03(日) 02:17:08|
  2. 闇の旅路
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ユーチャリスはどこ行ったww
  1. 2012/10/04(木) 07:56:52 |
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